55  山田洋次ワールド

 山田洋次監督や降旗康男監督の映画が好きです。27『映画:座敷わらしと少年H』(2013年8月25日)でも映画を採り上げましたが、やはり時々劇場映画を見ないといけません。大画面と音響が素晴らしい。今回は山田洋次監督の作品を採り上げます。2013年1月劇場公開の『東京家族』と1年後の今年2014年1月劇場公開の『小さいおうち』は素晴らしかった。『東京家族』は小津安二郎監督の『東京物語』をモチーフに製作され、『小さいおうち』は山田洋次監督82作目にして初めてのラブストーリーです。

■ 東京家族
 時にやさしく温かく、時に厳しくほろ苦く、家族を見つめ続けてきた山田洋次監督の映画は、日本人の心の琴線を常にくすぐって、見終わったときにほのぼのとした感動を残してくれます。
 『家族』、『幸福の黄色いハンカチ』、『息子』、『学校』シリーズ、『おとうと』、そして『男はつらいよ』シリーズ・・・・・そこには時代によって移り行く日本の家族の様々な姿を見ました。『東京家族』は2011年3月11日の東日本大震災によって、1年間制作延期されました。山田洋次監督50周年の節目でもある本作は、2012年に世界の映画監督が選ぶ優れた映画第1位に選ばれた、小津安二郎監督の『東京物語』をモチーフに製作されました。『東京物語』から60年・・・・東日本大震災とそこから生じた様々な問題により、現代日本も大いなる変化を突きつけられています。その傷痕を抱えたまま、どこへ向かって歩み出せばいいのか・・・。『東京物語』は、核家族時代を予感させました。『東京家族』は、今を生きる家族を通して、これから私たちはどう生きていけば良いのか、考えさせる映画でした。


『東京家族』集合です

■ 久し振りに会ったが、子どもたちは忙しく・・・
【監督】 山田洋次
【出演】 橋爪功 (平山周吉)、 吉行和子 (平山とみこ)、 西村雅彦 (平山幸一)、 夏川結衣 (平山文子)、 中嶋朋子 (金井滋子)、 九代目林家正蔵 (金井庫造)、 妻夫木聡 (平山昌次)、 蒼井優 (間宮紀子)、 小林稔侍 (沼田三平)、 風吹ジュン (かよ)など
 2012年5月、瀬戸内海の小島に暮らす老夫婦は、子供たちに会うために東京へやって来ました。ところが品川駅に迎えに来るはずの次男がいません。次男・昌次は、間違って東京駅へ行ってしまったのです。仕方なくタクシーを拾い、郊外で開業医を営む長男・幸一の家に向かいました。長女の滋子は不注意な弟に呆れ、幸一の妻・文子は歓迎の支度におお忙がし。やがて老夫婦が到着、大きくなった二人の孫を見て驚きます。そんな中、ようやく昌次も現れ、家族全員が久しぶりに夕食を囲みました。
 日曜日、長男・幸一は息子を連れて、両親をお台場から横浜見物へと連れて行く予定でしたが、患者の容体が悪化し、急な往診に出かけることになりました。老夫婦は、娘の滋子の家に泊まりに行きますが、美容院を経営する滋子は忙しくて両親の相手ができず、夫の庫造が駅前の温泉へと連れ出します。滋子に頼まれ、弟・昌次は両親を東京の名所巡りの遊覧バスに乗せますが、自分は疲れて居眠りをしています。帝釈天参道の鰻屋で周吉は、舞台美術の仕事をしている昌次に、将来の見通しはあるのかと問いただします。昔から末っ子・昌次に厳しい父親です。昌次はそんな父が苦手でした。

■ 田舎の老夫婦と都会の子どもたち・・・お互いを思いやるが・・・
 最初は互いを思いやるが、のんびりした生活を送ってきた両親と、都会で生きる子供たちとでは生活のリズムが違いすぎて、少しずつ溝ができて行きます。滋子は幸一に、お金を出し合って二人に横浜のホテルに泊まってもらおうという提案をします。忙しい娘と息子は、ゆっくり両親をもてなす時間が無いためでした。横浜のホテルの高層階の広い部屋で、ただ外を眺める周吉ととみこ。周吉はネオンに輝く観覧車を見て、結婚する前に二人で観た映画「第三の男」を懐かしく思い出します。寝苦しい夜が明け、周吉ととみこはプレゼントされた2泊の予定を切り上げて、帰ってきてしまいます。そんな両親に、商店街の飲み会があるので今夜は居てもらっては困ると言い放つ滋子・・・。周吉は同郷の友人、沼田(小林稔侍)の家へ、とみこは昌次のアパートへ行くことにします。久し振りの母親の手料理を美味しそうに食べる昌次の部屋に、母に紹介しようと呼んだ恋人の間宮紀子(蒼井優)が現れます。昌次はボランティアで行った福島の被災地でひと目惚れしてプロポーズしたことを、とみこに打ち明けます。一方、周吉は、沼田に宿泊を断られた上に泥酔して、周囲に大迷惑をかけていました。『このままじゃイカン』の日本を憂う言葉が何度も口に出ます。幸一の家でようやく落ち着いたところに、とみこが上機嫌で帰ってきましたが、突然倒れてしまい、そのまま帰らぬひととなりました。

■ のぉ 昌次、母さん、死んだぞ・・・
 屋上で周吉がポツンと言います。「のぉ 昌次、母さん、死んだぞ」、そんなこと言われなくてもわかっています。しかし末っ子・昌次には、父親の淋しい気持ちが痛いほどわかるのでした。おっとりしていて茶目っけのある母は、子ども達にとってかけがえの無い以上に、口数が少なく頑固だが筋の通った父には誰よりも頼りになる存在でした。父親と子供たちの間に入り、家族の潤滑油のようになっていた優しい母親が居なくなった・・・父と子の間に、余りに急な喪失感が漂います。昌次の家で、母親と彼女が対面するシーンはグッと来ました。心から息子を愛する母親の優しさ・・・、カワイイお嫁さんだと心底喜んで長男の家に帰って来たのに・・・。
 つれない子供たちの態度に、仕方ないと思いながらも、淋しさを抱く父と母。親を気にかけながらも仕事に追われる長男と長女、いくつになっても口うるさい父親につい反抗してしまう次男。大切なのに煩わしい、誰よりも近いはずなのに、時々遠くに感じてしまう。「そうそう、うちもそう」と思わず共感してしまいます。今の日本の、平均的な家族の物語です。

■ セリフに無くてもワカル山田洋次映画
 田舎の瀬戸内の島に帰ってお葬式をします。忙しい長男と長女は、末っ子・昌次とその許婚の紀子に「後は頼むワ」と言って帰京します。フラフラとニートのような今どきの若者の生活に見える昌次ですが、実は子ども達の中で一番優しい心根の持ち主で、しっかりした紀子の心をつかんだことに、自分達夫婦とは組合せが逆だけれど、この二人はうまく行くと周吉は思っていますが、何しろ口数が少ないので、紀子は「お父さん、自分が気に入らないのだろうか」と不安です。周吉の気持ちも、紀子の気持ちも、一切セリフにはありません。しかし、ワカルのです。山田洋次監督が名監督と言われるユエンです。
 久石譲の、優しく抒情的な旋律の音楽が、家族の物語を優しく包みます。島で独りぼっちになってしまった周吉に、隣に住む女の子のユキちゃんとその母親がかいがいしく世話します。東京には無くなった近所付き合い、家族ではなくてもまるで家族みたいに優しい人たちに、昌次と紀子は安心します。ユキちゃんは噂どおりの本当にイイ子でした。

■ 紀子さん、昌次を頼みます
 いよいよ東京へ帰る日、周吉はとみこの形見の時計を紀子にもらってくれと手渡し、「昌次を頼みます」と紀子に頭を下げます。怖いと思っていたお父さんが、実はこんな気持ちで自分達を見てくれていたんだと、グッときた紀子は嬉しくて涙がこぼれます。この作品を観て、心が洗われて、親や誰に対しても優しく思いやりを持って接しなきゃと観客に思わせる、山田洋次監督は本当にスゴイと思います。
 この映画は東日本大震災の発生で制作延期されました。山田監督は「延期は正しかった。3.11は無視できない大惨事だし、もしあのまま製作を始めたら、とても後悔していたはず」と述懐し、「日本という国がこの先どうなるのか…。作品の最後に提示できればと思った」と語っています。すなわち、東日本大震災の復興ボランティア先で知り合った昌次と紀子への老父の想い、人間は、社会は優しさがイチバンなんだ、というのが山田洋次監督が日本の未来に託すメッセージだったのです。
 ベルリン映画祭でこの映画を見たドイツの人たちが絶賛していました。日本人はなんて優しいんだろうという感想でした。韓国の朴 槿惠大統領が随所で日本の悪口を言っていますが、一本の映画が日本の印象を決定的に良くしてくれる典型です。韓国で上映したら、韓国の人たちもきっと日本人が好きになるでしょう。中国では、日本ナンバー1の映画監督として評価され、中国人も大好きなのが山田洋次監督なのです。東南アジアでも、山田洋次監督作品は、日本での上映が終わったら自分達の国にも来てくれると心待ちにしている人が多いと聞きます。

■ 小さいおうち ・・・私は、あの小さいおうちが大好きでした

【監督】 山田洋次  【原作】 中島京子 第143回直木賞作品
【出演】 松たか子 、黒木華 、片岡孝太郎 、吉岡秀隆 、妻夫木聡 、倍賞千恵子等
 映画はいきなり葬式の場面から始まります。タキが亡くなったのです。タキを大叔母さんとしていた健史(妻夫木聡)は、タキ(倍賞千恵子)のもとを訪れては、彼女の人生を大学ノートにつづるように頼んでいました。それはタキさんの苦労の人生への尊崇の念があったからだと思われます。「暗い時代にそんな楽しいことがあるはずないよ、おばあちゃん、本当のことを書いてよ」とたびたび言うのですが、タキは「本当だよ、そんな事言うならもう書かないよ」と怒るのです。
今考えれば2.26事件など暗い時代だったはずだ、と決め付けたいのですが、軍や特高警察とは直接関係しない市井の生活は、できるだけ楽しく暮らしたいと思い、そんな暗くはないのです。

丘の上の小さな赤い屋根のおうち

■ 米沢から上京して女中奉公
 本当に市民生活が暗くなったのは中国大陸で戦争が本格化して、あろうことか米国に宣戦布告し、庶民には知らされないままに敗色濃厚と成ったあたりからです。金属という金属が、戦争のために供出される事態にナンカオカシイと思った庶民はそれでも大本営発表を信じようとしました。
 話は遡って、昭和11年、雪深い米沢からかくまきを着て出てきた若き日のタキ(黒木華:クロキハルと読みます)は、東京に女中奉公に出ます。晩年のタキが健史に言います。「昔はサラリーマンの家庭は女中を置くのが普通だった。ちゃんと給料も出るし、花嫁修業の意味合いもあり、女中は当時の女性にとって人気職業のひとつだったよ」と。
 作家の小中先生の家を経て東京の外れの丘の上に赤い三角屋根の小さくてモダンな屋敷を構える平井家のお手伝いさんとして働くことになりました。タキは、美人で気品があり親切な奥様である時子(松たか子)に憧れ、平井家のために献身的に奉仕します。よく働くタキを時子もかわいがり、息子の恭一もなつきます。主人である雅樹(片岡孝太郎)と美しい妻・時子はずいぶん年が離れていました。息子の恭一は、原作では時子の連れ子ですが、映画では二人の間に生まれた男の子のように感じました。小児麻痺にかかり、タキが毎日マッサージして、恭一はタキになつき、時子はタキに感謝します。

タキは健史の求めに応じて自叙伝を大学ノートにつづった

■ 身の程知らずの戦争に突入して行った日本
 映画を見て、外国人などは、戦前の日本がなんて豊かだったのか、と感じたでしょう。女中を雇うほどの家が一般家庭であり、住んでる家族は、ちょっと品があって、幸せそうです。そして女中のタキちゃんがいい女中さんで、割烹着を着てかいがいしく働くし、坊ちゃんのマッサージはしてあげるし・・・。うらやましいなぁ〜〜と思ったでしょう。
 平井雅樹はおもちゃ会社の常務です。社長(ラサール石井)はじめ会社の幹部が来ては酒を飲み、仕事や戦争の話をしています。社長が金歯をしているのを見て、この時代をアピールしていることに気付きました。中国や韓国を侵略していた当時の大日本帝国陸軍に対し、米国はさまざまな圧力をかけて来ました。「アメリカと戦争になるんでしょうか?」と不安そうに言う社員に「ならないよ、第一アメリカ人と日本人じゃあ、食ってるものひとつとっても大違いだ」と、米国視察でアメリカの豊かさや技術の進んでいる状況を知っている社長は言います。しかし、真珠湾攻撃し、日本が米国に宣戦布告すると、一転意気軒昂で日本軍を支援して米国を倒すゾ、という展開に話が変わっていきます。高揚感でヒトは盲目になるのですね。

■ 板倉に気を引かれていく時子
 そんな矢先に、会社の新入社員である板倉正治(吉岡秀隆)が訪ねてきます。芸大出の画家で、デザイン担当として入社したのですが、当人曰く、丘の上の赤い屋根の家は前から知っており興味があったというのです。酒に弱く、徴兵検査は丙種、すなわち徴兵されないはずです。戦争と仕事の話が苦手で、映画の話で時子と盛り上がった板倉は、その後たびたび平井家を訪れるようになります。
 独身の板倉の面倒を見、親代わりのつもりの平井雅樹は、板倉に嫁を娶らせようと、良家のお嬢様の見合い写真を揃えて時子に渡し、気に入った相手と見合いをさせるように時子に言いつけます。穏やかな平井家の生活を見つめていたタキですが、板倉という青年に時子の心が揺れていることに気付きます。縁談の話を進めようと時子はタキを伴って板倉の下宿を訪ねますが、板倉は見合いを断ります。
 次のとき、時子は一人で板倉の下宿を訪ね、戻ってきた後姿を見て、帯の向きが逆になっていたことにタキは気づいてしまいました・・・・。

クラシックコンサートで隣席になった平井時子と板倉正治

■ 奥様を引き止めるタキ
 やがて戦況は悪化します。タキは、日本国旗の小旗を振って出征兵士を送る行列に頭を下げます。やがて板倉にも赤紙が届きます。もはや甲種、乙種、丙種と言ってはいられなくなったのです。夜行列車で板倉は八戸に帰り、そこで青森の師団に配属されて南方か満州か分かりませんが出征することになります。「僕が死ぬとしたらタキちゃんと奥さんを守るためだからね」と言って板倉は、妹を包むようにタキを抱きしめます。
 出征前にどうしても板倉に会いに行くという奥様を止めるタキ。その代わりに手紙を渡すからと・・・でもその手紙は渡っていなかったのです。板倉がこなかったことで、時子もあきらめたのでしょう。
 戦況は悪化し、やがてタキは山形・米沢に帰ることになりました。その後東京大空襲で、爆弾が雨あられと降り注ぎ、赤い屋根のおうちも爆発炎上します。平井夫婦は防空壕の中で死んでいたそうです。恭一はどうなったのだろう?と気になりました。

板倉に会いに行くという奥様を止めるタキ、奥様は怒っています

■ 未開封の封書〜長く生き過ぎたなぁ〜
 ストーリー的には、ドラマもなく大きな感動もなく、昭和初期から戦後までの、ある小さな家で起こったことが、女中のタキの視点で淡々と描かれています。愛着や郷愁や優しさとかそういうものをほのぼのと語りかけて来ます。手紙を渡さなかったという“秘密”をタキはとうとう誰にも話しませんでした。しかしタキは、遺品として健史に遺したものがありました。あの大学ノートです。そしてそこに1通の開封されていない「板倉宛て」の封書がありました。
 終盤にかけてもうひとひねりあります。ただの思い出話で終わらないのです。恋人と一緒に見ていたポスターのイニシャルから健史は、展覧会を知るのですが、それは板倉正治の展覧会でした。同姓同名かと思いましたが、スマホで検索したら戦争帰りの画家です。展覧会の係員の話から、たどってついに平井恭一が生きていることを知ります。北陸へ恋人と一緒に老いた恭一を訪ね、手紙を渡します。開いて読んでくれ、と言われます。それを聞いた恭一の目に涙・・・。「この歳になって、おふくろの不倫を知るなんて・・・、長く生き過ぎたなぁ〜」と。そう言えば健史は、タキばあちゃんがちゃぶ台に伏して泣いていたことを思い出しました。「長く生き過ぎた」と。戦争で生き残った二人の老人、戦争は、その時代に生きた人々の人生を大きく変えました。

■ 生涯独身のタキは、何を思っていたのか?
 タキばあちゃんを茶化してた健史が最後で活きてきました。ずっとタキばあちゃんと平井家の様子を見守ってきた健史は、時子にも板倉にもタキにも想いが募ります。そして、心底、恭一とタキを再会させてあげたかった!と思いました。
 タキは、密かに奥様の不倫相手を思っていたのかもしれません。それで手紙を渡さなかったのかも?いいや、世話になっている奥様ですが、美人で、性格も良くて、お金もあって、夫も子どももいるのに、不倫をするって、何だか理不尽だなと思って、やきもちで渡さなかった、それをずっと後悔して、手紙を捨てられなかったのかも?いえいえ、奥様が好きだから、板倉に渡してはならないと心に決めて、自分だけの秘密にしていた・・・これが一番マトモだけれど真相はあなたのご想像にお任せします、という終わり方でした。

■ 黒木華が良かった!
 松たか子が綺麗でした。昭和の着物が素敵でした。絽の着物を着て、不倫相手に会いに行く、帯を締めるときの見返り美人の仕草にゾクッとしました。主演は松たか子と倍賞千恵子ですが、実は黒木華が良かった!実質、主演と言って良いでしょう。NHK朝ドラの「純と愛」ではホテルの同僚役で最初はちょっと小憎らしく、最後は宮古島に来てくれて仲良くという役どころでした。
 この作品のキャスティングは「東京家族」とダブリます。橋爪功と吉行和子は夫婦だし、夏川結衣と妻夫木聡が姉弟で、中嶋朋子、林家正蔵、小林稔侍もいました。山田洋次作品には欠かせない倍賞千恵子と吉岡秀隆は、もちろん「男はつらいよ」のさくらと満男です。ただ吉岡秀隆は男の色気を漂わせるタイプではないので、松たか子の色気に比べると釣り合いませんでした。これが山田洋次監督の照れでしょうか。山田流ラブストーリーというところです。

■ 黒木華がベルリン映画祭銀熊賞を受賞
 「東京家族」なら蒼井優です。黒木華は蒼井優とイメージが重なりますが、山田洋次監督が割烹着が似合う女優と言って黒木華を登用したのは大正解でした。今いろいろな賞を受けて「キテる若手女優」ですが、日本アカデミー賞の「舟を編む」ではいかにも現代風の女性を颯爽と演じたかと思うと、本作ではまあ見事に田舎娘を演じていました。最初は奉公先の人に何を言われても頭を下げるだけで何も返事をしないのに、だんだんと自分の意見を言えるようになり、最後は奥様に向かってぴしゃりと言うべきことを言い放つ。この変化を自然に演じ分けたのが、ベルリン映画祭の審査員から、「今回はたくさんの活躍する女優を見たが、彼女はダントツに素晴らしい演技だった」と、これ以上無い素晴らしい選評を頂いた理由でしょう。左幸子、田中絹代、寺島しのぶに次ぐ、日本人4人目の最優秀女優賞です。

とても平凡な顔立ちの黒木華、素晴らしい演技力です

■ 実は一番喜んでいるのがNHKというウワサが・・・

 来月からのNHK朝ドラ『花子とアン』に黒木華は主役の安東はな/村岡花子(吉高由里子)の2歳下の妹・安東かよ役で出演します。主役を食うのでは?と話題になっています。黒木華はとびきり美人でもなく、どこにでもいそうな顔立ちなので、電車に乗って帰って、途中コンビニで買い物しても気付かれないのだそうです。しかし演技の中では、「美しい」と感じる場面もあります。美しく演じることができるというのは、並みの役者ではないと言えます。
 この朝ドラに安東はなの6歳下の妹・安東もも役で出演するのが、今売り出し中の美女・土屋太鳳(つちやたお)です。詳しくはコチラ。他にも仲間由紀恵はじめ美女がたくさん出ます。「あまちゃん」、「ごちそうさん」とヒット連発で、さすがに今度は・・・、と言われていたときに、出る映画やドラマでヒット連発、受賞続々の黒木華が出るなら見てみようか、となるはずだと、NHKが銀熊賞を一番喜んだというウワサなのです。なお村岡花子とは「赤毛のアン」の翻訳者です。

■ 同胞(はらから)
 同胞(はらから)は、1975年に松竹が制作、同年10月25日に公開した山田洋次監督の映画です。岩手県の過疎の村で、青年会が劇団公演を計画し成功させるまでを描く青春映画です。実際に起きた話を基にしており、モデルとなった劇団「統一劇場」が公演シーンを演じています。
 舞台となった岩手県の山間の小さな村・松尾村(現在は合併して八幡平市)の青年会会長高志(寺尾 聡)の許を、統一劇場の職員の秀子(倍賞千恵子)が訪れ、劇団の公演を提案します。高額な費用が問題となり、青年会の議論は紛糾しますが、高志の熱意に押され、公演の実施が決まります。青年会員の頑張りでチケットも完売しましたが、公演の直前になって有料の催しには会場は貸せないと中学校長(大滝秀治)から断られます。公演を楽しみにしている人たちのために中止にはできないと、秀子は無料にすることを決断します。公演は大成功に終わりました。
 この映画には地元の青年団の人たちが実際に出演しました。実はその中に筆者の知り合いの人(農民)もいます。郵便を届ける役の人は、実際に郵便局員でした。したがってドキュメンタリー的要素もあったということです。
 倍賞千恵子が映画の中で、「いちばんお酒の強いひと」と紹介した工藤金子さんは、自宅に同胞塾(はらからじゅく)を開いています→詳細。工藤金子さんたちは今でも山田洋次監督や倍賞千恵子さんと交流しています。
 また、松尾地区公民館には旧松尾村を舞台に地元の若者たちが大勢出演して話題となった映画『同胞』の記念碑が、制作に携わった有志によって20周年を記念して建てられています。そこに山田洋次監督直筆のコメントが刻まれています。
   松尾村の若者たちと共に  汗を流して  映画「同胞」を作り上げた
   あの輝かしい想い出を  ぼくとぼくのスタッフは  一生忘れないだろう。  山田洋次

■ 第37回日本アカデミー賞
第37回日本アカデミー賞は、辞書編纂の『舟を編む』が最多6冠を獲得しました。2012年の本屋大賞を受賞した人気作家・三浦しをんさんのベストセラー小説が原作で、出版社で働く主人公の馬締光也(松田龍平)が、営業部から辞書編集部に迎えられ、個性的な面々の中で、辞書の世界に没頭していく・・・・という物語。
 最優秀作品賞・・・・・・・・・・・・・・舟を編む(石井裕也)
 最優秀アニメーション作品賞・・・風立ちぬ(宮崎駿)
 最優秀監督賞・・・・・・・・・・・・・・石井裕也(舟を編む)  最優秀録音賞 加藤大和「舟を編む」
 最優秀脚本賞・・・・・・・・・・・・・・渡辺謙作(舟を編む)  最優秀編集賞 普嶋信一「舟を編む」
 最優秀主演男優賞・・・・・・・・・・松田龍平(舟を編む)
 最優秀主演女優賞・・・・・・・・・・真木よう子(さよなら渓谷)
 最優秀助演男優賞・・・・・・・・・・リリー・フランキー(そして父になる)
 最優秀助演女優賞・・・・・・・・・・真木よう子(そして父になる)

黒木華、オダギリジョー、宮崎あおい、松田龍平
と、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、録音賞、編集賞の6部門で最優秀賞を獲得しました。松田龍平は、NHK朝ドラ「あまちゃん」でフィーバーしました。松田優作の長男です。弟の翔太も今や有名な俳優です。やはり、血は争えないということですね。新人俳優賞の黒木華さんは「いい作品に出演できてラッキーだなと思っています」と笑顔を見せました。
 真木よう子は今売り出し中の女優ですが、セリフが下手(わざとらしい、いかにもセリフという感じ)なのが何とも言えず良い、という不思議な女優です。気が強そうで、猫のような美しい眼から鼻筋、唇とキリリと筋の通った美形です。山崎豊子原作の「運命の人」をTBSがドラマ化したのを見たとき、スゴイ女優が出てきたと思ったものです。これは477『運命の人』(2012年3月4日)で紹介しております。

    
TBS 「運命の人」出演者 左から、真木よう子、本木雅弘、松たか子
 

■ 日本アカデミー賞と言えば高倉健、しかし『八甲田山』も良かった
 日本アカデミー賞と言えば高倉 健です。高倉 健と言えば『幸せの黄色いハンカチ』と筆者は思います。高倉健はヤクザ映画にばかり出演していましたが、1976年に東映を退社し、フリーに転向しました。同年の映画『君よ憤怒の河を渉れ』(永田プロ/大映) で、10年以上出演し続けた仁侠映画のイメージから脱却し、翌1977年には『八甲田山』、『幸福の黄色いハンカチ』の2作品に主演しました。『幸せの黄色いハンカチ』は、シンプルながら観衆の心情に深く訴えかけるストーリーが、高い評価を得て、第1回日本アカデミー賞や第51回キネマ旬報賞、第32回毎日映画コンクール、第20回ブルーリボン賞、第2回報知映画賞など、国内における同年の映画賞を総なめにしました。
第1回日本アカデミー賞では
 最優秀監督賞・・・・・・・山田洋次
 最優秀脚本賞・・・・・・・山田洋次・朝間義隆
 最優秀主演男優賞・・・高倉 健
 優秀主演女優賞・・・・・倍賞千恵子
 最優秀助演男優賞・・・武田鉄矢
 最優秀助演女優賞・・・桃井かおり
 優秀音楽賞・・・・・・・・・佐藤勝
といった具合です。
 映画『八甲田山』は新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」をもとに東宝から映画化されました。つぶやき55『死の彷徨』(2004年1月25日)で紹介しております。

映画『八甲田山』、史上最高の大寒波、猛吹雪の中立ちすくむ大日本帝国陸軍第八師団第四旅団青森第五聯隊の兵士たち
わが祖父の弟が実際に大日本帝国陸軍第八師団第四旅団青森第五聯隊の兵士としてこの死の行軍で亡くなりました。高倉健は弘前第三十一聯隊の隊長福島大尉の役でした。日本映画史上に残る名作と言われています。

■ 夕張の炭鉱の住宅にはためく黄色いハンカチに涙が止まらない
 失恋して自暴自棄になった花田欽也(武田鉄矢)は、新車の真っ赤なファミリアを買って北海道へ傷心の旅に出ます。そこで欽也は一人旅をしていた朱美(桃井かおり)のナンパに成功し、さらに2人は海岸で勇作(高倉 健)という男と知り合います。旅をともにすることになった3人は夕張まで行く途中でいろいろな事件に遭います。ひょんなことで勇作が運転することになりますが、彼らの車は一斉検問に引っ掛かり、勇作が無免許運転であったことが判明します。無免許の理由を問われ、一昨日までの6年間、殺人罪で刑務所に入っていました、と話します。最寄の警察署に連行されましたが、そこには、昔勇作の事件を担当した渡辺係長 (渥美 清) が偶然勤務しており、彼の温情で事無きを得ます。
 勇作は1人で夕張に向かおうとし、出所直後の網走で、妻の光枝(倍賞千恵子)宛てに葉書を出していたことを告白します。「もし、まだ1人暮らしで俺を待っててくれるなら…黄色いハンカチをぶら下げておいてくれ。もしそれが下がってなかったら、俺はそのまま引き返して、2度と夕張には現れない」。実は殺人の理由は、スーパーのレジで働いていた光枝に惚れた勇作が、結婚して炭鉱住宅で暮らしていて、身ごもった光枝が流産し、それが初めてでないことを知ってヤケクソになり、歓楽街でチンピラと喧嘩して殺してしまったからでした。それを聞いた欽也達は、迷わず一緒に夕張に行くことを決心します。揺れる男の気持ちと、それを励ます2人。1度は引き返そうとしますが、朱美の一言で再び夕張に向かいます。車は夕張の町に入って行きます。もう外を見ていられない勇作に、朱美が景色を説明し、勇作はそれに答えます。やがて車は止まり、欽也と朱美は外へ出て辺りを見回すと・・・・。
 「ほらー、あれ!」叫ぶ朱美。視線の先には、ナント!何十枚もの黄色いハンカチがたなびいているではありませんか!力強く勇作の背中を押し出す2人。夫婦の再会に、言葉は要りません。二人は見詰め合い、そして仲良く家の中に消えて行きました。それを見届けた欽也と朱美は、車中で自然に手を握り合い、強く抱き合います。軽薄さの象徴であった欽也にも、優しい感情が芽生え、初めて朱美を愛おしいと思ったのです。男と女が本当に愛し合い、相手の人生を大切にする、という純な愛を見せてくれた感動の作品でした。

『幸福の黄色いハンカチ』夕張で

■ 山田組
 山田洋次監督の映画に出る俳優は「山田組」と呼ばれます。渥美清を始め、名優揃いです。中でも倍賞千恵子、大滝秀治、ハナ肇、小林稔侍、吉永小百合、米倉斉加年、根津甚八、吉岡秀隆、永島敏行、三國連太郎、西田敏行、最近では『東京家族』や『小さいおうち』に出演した人たちですが、実は『東京家族』では蒼井優以外は山田組初参加でした。『小さいおうち』は『東京家族』の出演者がダブりますが、久し振りの松たか子、山田洋次監督が惚れ込んでいる吉岡秀隆に加え、蒼井優に似た面影の有る黒木華を大抜擢しました。

■ 田中邦衛
 吉岡秀隆や中嶋朋子と言えば、どうしても『北の国から』を思い出しますね。倉本聰脚本のテレビドラマです。さだまさしの音楽から思い出すのは黒板五郎、そう田中邦衛ですね。田中邦衛も81歳で、最近は体調の関係でお目にかかれなくなりましたが、いい俳優でした。東宝映画『若大将シリーズ』では、若大将のライバル・青大将役で、敵役・悪役ですがコミカルで憎めないキャラクターを好演し、『若大将シリーズ』のレギュラーとなりました。岡本喜八監督にも気に入られ、岡本作品の常連となりました。
 1965年(昭和40年)に出演したフジテレビのドラマ『若者たち』は映画化され、第22回毎日映画コンクール男優主演賞を受賞しました。ヤクザ映画では、同年からスタートした『網走番外地シリーズ』で高倉健演じる主人公を慕う舎弟をコミカルに演じ、1973年(昭和48年)から始まった『仁義なき戦いシリーズ』では、それまでのイメージを一新する姑息で狡賢いヤクザ・槙原政吉を演じました。
 1980年代以降はヤクザ映画への出演は減り、1981年(昭和56年)に開始した『北の国から』シリーズでは、葛藤を持ちつつも2人の子を温かく見守る父親・黒板五郎を演じて、好評を博しました。1993年(平成5年)の山田洋次監督の映画『学校』では苦労しながら夜間中学に通う労働者イノさんを演じ、好評で4作が制作されました。第17回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を獲得しました。
 長女は、NHK初の女性海外支局長(シドニー支局)になり、現在ワシントン支局長である田中淳子さんです。最近ウクライナ、クリミア問題でアメリカ政府のリポートで良くNHKニュースに出てきます。

■ うっ、暗いな!
 クリミアをロシアが併合することに、欧米が経済制裁強化の動きをしています。日本のマスメディアは大概批判的論調です。ところがネットの世界では逆なのです。まず投資家達は欧米の経済制裁を信用していません。ロシア株が下がったのは当たり前ですが、次いで日経平均が大幅に下落しているのに、ニューヨークダウがそんなに下がっていないのです。つまり、米国にとってはロシアは経済的にそんなに痛みを感じる関係ではないわけです。ロシアと切っても切れないのはEUなのに、EU株もそんなに下がっていません。すなわち欧米の政治家が経済制裁を声高に言っても、経済界はその実効性を信用せず、パフォーマンスと受け止めているというわけです。
 それなら何故日経平均が下がるのか?それは円高ドル安のためです。ちょっと東京市場は神経過敏症です。本来有事であればドルが買われ、円安ドル高になるのが普通です。これを見ても、投資家達の見方が分かります。ネット上では、ある有名な日本の軍事評論家が、ウクライナの現政権にネオナチが入り込んでいるという証拠画像をアップしています。ネオナチ政権にロシアが反発しているのが実態で、ウクライナ革命政権が真に民主的であるかについて疑念が出されています。ネット上での投票では、「クリミアの住民投票の結果を尊重すべき」が第1位で、「日本はロシア制裁に加担すべきでない」という意見が大勢です。

■ 政治的解決を
 ウクライナは首都キエフが人口ナンバー1ですが、それ以外の大都市は東部に集中しています。東部はロシア寄りの住民が多いので、もしウクライナ暫定政権との内戦にでもなれば、ロシアは黙っていないでしょうし、欧米も黙っておられなくなりますから、みんなが悲劇の舞台に引きずり出されます。日本人は世界のどこの国民より戦争の悲惨さを知っています。東京はじめ全国の都市を空襲され、最後は原爆2発落とされて国民が虐殺された日本に比べれば、世界のどこでもそれよりはマシです。上記の映画「小さなおうち」を見ると、良くわかります。ウクライナでは政治的解決を図らなくてはなりません。

■ 難しい日本政府の対応
 今回国連安保理でロシアは拒否権を発動しましたが、中国は棄権しました。シリア問題ではロシアとともに拒否権を発動していましたが何故でしょう?実は新彊ウイグル自治区、チベット自治区、台湾問題を抱える中国は単純にロシアに賛同できないからです。クリミアのように住民投票で意思が示されて、ロシアはそれに応じた行動を取ったのですが、中国では住民投票をやったら「独立」となるので、これだけはやりたくないのです。

美人過ぎると話題のクリミア検事総長ナタリアさん(33)
日本国政府は安保問題があって米国に従わざるを得ません。ただ、米国にもロシアにも意見は言えます。憎まれても言うべきことは言う、安倍外交が試されています。安倍嫌いの米国マスコミは、クリミア問題に関し「アベは煮え切らない態度で米国の要請に応えない」と怒りの論調です。

■ 日本と経済協力したいロシア
 日本では、経済産業省、ロシアの経済発展省などが2014年3月19日、東京都内のホテルで「第6回日露投資フォーラム」を開催しました。クリミア編入決定の翌日で国際世論が揺れる中、ロシアから来日した約300人を含めて計700人以上のビジネス・行政関係者が集まる盛会となりました。フォーラム冒頭で、両国の経済交流が拡大してきたことを強調する安倍晋三首相・プーチン大統領からの2通のメッセージが読み上げられ、主催者である経済発展省のA・リハチョフ次官は「ロシアと日本の貿易額は300億ドル強でまだ大きくはないが、これを2018年には500億ドルに増やしていきたい。今回ロシア側からは50のプロジェクトを提案する」と述べた上で「1300万人が住むモスクワには1000軒以上の日本食レストランがあり、誰もが日本食に親しんでいる。ロシア人は今、日本に対して大きな関心を持っている」と話しました。衰退する欧州より発展するアジアとの経済関係を強めたいロシア、それにはまず日本だ、ということでしょう。

■ クリミアの歴史は奪い合いの歴史
 クリミアは過去いろいろな国の支配下にありました。13世紀にはモンゴル帝国、15世紀にはタタール人達がチンギス・ハンの子孫を立てて建国したクリミア・ハン国、その後オスマントルコが支配し、18世紀末にはオスマントルコとの戦争に勝ったロシアに編入されました。1853〜56年にはクリミアを主戦場としてロシアとオスマントルコが戦い、英仏など欧州各国がトルコを支援してクリミア戦争が起きます。このとき看護婦の先頭に立ってイギリスのナイチンゲールが後方支援、病院で傷病兵の看護に活躍しました。結局ロシアが敗れました。その後第2次世界大戦では激しい戦闘に巻き込まれ、ナチス・ドイツとソ連がここを舞台に戦って、スターリンはタタール人がナチス・ドイツに協力したということで中央アジアに強制移住させ、そこにロシア人が入り込んだので、今やロシア人が6割になったのです。イスラエルとパレスチナみたいなものです。その後フルシチョフはクリミアをウクライナに編入させ、ソ連の中のロシアから手放しました。ソ連の崩壊で、ウクライナとロシアは連邦の自治国ではなく、独立国家となりました。プーチンはこれをフルシチョフの誤りだとして、もともとクリミアはロシアであり、ウクライナではないと言っています。またウクライナはロシアの友邦だとも言っています。


深緑がクリミア半島、緑がウクライナ共和国
(ウィキペディアより)

 プーチンに言わせれば、クリミアを取り戻したわけではなく、クリミア自治共和国の住民の意思によって、彼らがロシアを選択したのだ、ということです。すなわちクリミアの歴史は戦争による奪い合いの歴史だったのが、今回初めて住民投票による帰属の変更になったわけです。

■ EUが支援して政権崩壊、ネオナチや傭兵も
 ネットで、YouTubeなどでウクライナやクリミアの画像が出ています。これが何故か日本のテレビには出てきませんでした。やっと3月21日毎日新聞朝刊で、大きく報道されましたが、日本マスコミで報道されていないことがあったのです。日本マスコミではこれまで欧米とともにロシアの行動を非難して、制裁を課せ一色でした。しかし上記のように、ネット上での日本国民の意思とはかけ離れています。
 欧州はウクライナの反政府勢力を支援し、自分達の方になびかせようとしてきました。過去ウクライナは親欧州派と親ロシア派が政権交代し、権力を握った側が私腹を肥やす、それに怒った国民が選挙で与野党逆転させるという繰り返しでした。ロシア派のヤヌコビッチ大統領と野党指導者の間にEUを代表して独仏ポーランドが加わって前倒し大統領選に合意しました。ところが市民のデモで、その中の過激派が大統領府を占拠、ヤヌコビッチは逃げ出しました。ヤヌコビッチがいかに贅沢していたかが報道陣に公開されました。しかしこれはその前のオレンジ革命以降登場したティモシェンコなども同様でした。いや、ティモシェンコはそれ以上だったために投獄されました。この政変でティモシェンコは出獄できました。これで怒ったのがプーチンです。ソチオリンピックでロシアが手を出せないのをいいことに、平和的な選挙をやろうとしていたのに、反ロシア的な極右民族派(ネオナチ)がデモ隊の先頭に立ってウクライナの政権崩壊を引き起こし、親欧米政権を誕生させたのです。その影にEUの陰謀がある、とプーチンは見ていました。実際ラスベガス郊外にある民間軍事会社が市民デモに紛れ込んでいたという話もあります。米国にはいくつも民間軍事会社があり、元米兵が雇われています。中でもラスベガス郊外にある民間軍事会社は強力で、世界殺戮記録を持った社員もいるそうです。内向きのオバマは海外の戦争をやりたくありません。だからどこからか資金提供を受けた傭兵が戦闘現場に現れるのです。フランスにも同様な組織があり、「フランス外人部隊」と呼ばれています。オーストラリア政府は、シリアの戦闘に豪軍出身の傭兵が居た、と発表しました。こんなこと、平和ボケした日本人は興味ないかもしれませんが、ゴルゴ13の世界は現実なのです。

■ フィーバーするロシア国民
 ヒットラーを崇拝するネオナチはロシアにとっては宿敵です。それが含まれるウクライナの暫定政権は許せない、だからと言ってウクライナに進軍したら欧米を敵に回してしまう、緊張状態が続いた中で、クリミアでロシア編入を求める動きが起きました。ロシア国民はこれを支援しろという声を上げ、今やナショナリズムと愛国心の高揚でロシア国民は陶酔状態の中にあります。引き返せなくなったプーチンは、ロシア国民から熱狂的な支持を受け、クリミア編入を発表しました。オバマはプーチンに、力による領土拡張は認めないと言いました。しかし、米軍を出す積りは無く、実は中国に期待しています。習近平にロシアに圧力をかけさせたいようです。

■ 複雑な国際的動き
 米国の金融マフィアと言えばユダヤ人ですが、彼らの宿敵もネオナチです。したがって彼らは共和党に近づいて現ウクライナ暫定政権を支持するなと反オバマの声を上げています。ウクライナ暫定政権のネオナチを支援していたのは米国共和党のマケイン上院議員で、オレンジ革命でもマケインが代表を務めるNGOが支援しました。これはもう内政干渉以外の何ものでもありません。ジョン・マケイン(アリゾナ州選出)は共和党の2008年大統領候補として、当選したバラク・オバマ(イリノイ州選出)と戦った人です。自身の信念と違えば、共和党決定にも逆らう、超タカ派で、反逆の人と呼ばれています。著名な海軍提督の祖父と父をもち、マケイン自身も海軍航空士官としてベトナム戦争に従軍、息子はアメリカ合衆国海兵隊に所属し、イラクに出征しているという、根っからの海軍一家です。こういうマケインですから、ロシアはマケインを眼の敵にしています。


Barack Obama


John Sidney McCain

(ウィキペディアより)

■ 日本は自衛が大事
 安倍晋三はネオコンだと米国マスコミは言い、親共和党だと見ています。ロシアと日本の間には北方領土問題があります。尖閣問題で中国の脅威があるのでロシアと仲良くして対抗したい、と安倍総理は考えています。しかしそもそも北方領土問題は、大東亜戦争末期、ソ連が条約を破って日本に宣戦布告し、ドサクサに紛れて日本から不当に奪ったものです。そのうえシベリアに日本兵を抑留して多数が死んだ恨みもあり、日本国民は心の底ではロシアを信用しない人が多数でしょう。
 ロシアと欧米の制裁合戦はありますが、エネルギーを持つロシアですから、EUも過激な制裁はできません。オバマは腰が引けています。日本は過敏な反応をせず、あくまで平和的な動きに徹すべきです。一方、領土問題はやはり武力が最終的にモノを言います。日本も自衛隊の軍備を怠らないようにしないといけません。またエネルギーと食糧が日本の弱点ですから、この開発と確保が鍵になります。
(2014年3月21日)


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